里親養育の推進による
子どもの幸せへの貢献

私たちが生活する社会への貢献として、マッキンゼーは2030年までに20億ドルの拠出を約束し、全世界で数多くの社会貢献活動を実施しています。マッキンゼー・アンド・カンパニー・ジャパンにおいても、社員のボランティア活動を後押しするための社内制度の整備から、長期的な社会貢献活動の実施に至るまで、日々多様な活動を行っています。これらの活動の一環として、2022年より里親養育推進を目的とした支援を行っています。

本対談では、里親養育推進プロジェクトを通してマッキンゼーが支援しているNPO法人家庭養育支援機構の上鹿渡和宏代表と、本プロジェクトのマッキンゼー側の代表を務め、東京オフィスのソーシャル・レスポンシビリティのリーダーでもあるパートナーの反田篤志が活動に関する想いを語り合いました。


上鹿渡和宏:NPO法人家庭養育支援機構代表。総合病院、精神科病院、児童相談所、大学(医学部・社会福祉学部)等での勤務を経て、現在、早稲田大学人間科学学術院教授、同社会的養育研究所所長。児童精神科医、博士(福祉社会学)。 施設の多機能化や英国里親研修の日本への導入、フォスタリング機関や都道府県社会的養育推進計画の実践展開等にも携わり、こども家庭審議会委員も務める。

反田篤志:マッキンゼー東京オフィスのパートナーであり、ヘルスケアおよび公共部門におけるリーダーの一人。成長戦略、商品戦略、営業・マーケティング、 デジタル・アナリティクス戦略など多様かつ数多くの民間・公的部門のコンサルティングを提供。前職は医師として臨床に従事し、臨床医学(内科学、予防医学)、公衆衛生、疫学、生物統計、臨床研究等の医療領域の専門知識を有する。


■日本の子どもの幸福度の底上げの鍵となる里親養育における改善余地はまだ大きい

反田:日本の子どもの幸福度は他の先進国と比較してもかなり低い水準にあり、ユニセフの調査によると、精神的幸福度においては38か国中37位1 とされています。日本の子ども全体の幸福度を上げるためには何が必要でしょうか。

上鹿渡:まず大人や社会が、幸せを感じられていない子どもが多くいることに気づくことが大事だと思います。例えば、児童精神科医として病院に勤務していた際に、不登校で家庭の事情もあり入院していた小学校高学年の女の子は、自身が大変な経験をしてきたことから、「子どもが可哀想だから、将来子どもを産みたくない」と言っていました。このような子どもの声に耳を傾けて、幸せを感じられていない子どもがいる現状に気づくことが大事だと思います。一方で、ユニセフの同じ調査では、日本の身体的な健康度は1位という結果も出ており、これは子どもの身体的な健康が重要であるとの認識の下で大人が医療の整備などを整えてきた結果であり、日本のおとなが「子どものために」頑張った結果が身体的健康度1位に現れているのだと思います。一方で、こどもの感じている困難に気づけず「子どもとともに」いることができなかった結果が精神的幸福度37位(下から2番目)に示されていると思います。大人が子どもの精神的な健康の大事さに気づき、取り組む際に、「子どものために」でおわらせず、「子どもとともに」へ繋げることが重要だと思います。

反田:子どもの幸福度を上げていく上で、社会的養護は一つのトピックとなっていますが、その位置づけや重要性はどういうところにあるでしょうか。

上鹿渡:一番困っている子どもたちは、社会的養護が必要な子どもだと思っています。社会的養護というのは、実親の病気や虐待などで親と一緒に生活できない子どもに家庭や施設での養護を提供することです。そこに置かれている子どもたちを良い状態にしていくことがまず大事なことだと思います。

反田:いかに社会全体として社会的養護の仕組みを改善していくかが大事ということですね。

上鹿渡:はい、その上で私は二つのことが大事であると思っています。一つ目は、一緒に生きる親を失った子どもたちに、代わりに一緒に生きる人がいる場所を用意することです。里親など、子どもといつも変わらず一緒にいてくれる人の存在が大切だと思います。二つ目は、子どもが実親と離れる前など、より早い段階で助けの手を差し伸べることです。ある里子から、「もっと前に自分の親を助けてほしかった。そしたら一緒に居続けられたかもしれない」という言葉を聞きました。これらにしっかり対応して、社会的養護の子どもたちの幸せにつなげることで、周囲の子どもたちの幸せにも広がると思っています。

反田:社会的養護の中でも、特に家庭に近い環境である里親養育が子どもの健やかな成長にとってよいというデータもあるのでしょうか。

上鹿渡:はい、国連のガイドラインなどでも家庭養育は推奨されており、特に乳幼児について、大人とのアタッチメント(愛着関係)の観点から家庭養育が重要であると示されています。また、欧米の児童精神医学の領域では多くの調査研究がなされており、里親などの家庭養育が子どもの発達にとって良いことや、生後間もなく施設に入ったとしても、できるだけ早い2歳位までの間に家庭養育に移ると本来の発達に戻るということも言われています。子どもにとって家庭養育が必要な場合にはそれを提供できるよう、安定したアタッチメントを形成できる里親などの受け皿を十分に用意する必要があります。

反田:海外の潮流に加え、日本では、2017年に、社会的養護が必要な子どものうち里親のもとで育つ子どもの割合(里親等委託率)について75%を目指すという政府方針が出されています。一方で、これが目標通りに進んでいないという現状もありますが、どこに課題があるのでしょうか。

上鹿渡:里親制度への移行の必要性は理解されるようになってきましたが、取組の主体である自治体が実際にどれだけ優先順位を上げて取り組んでいるかが重要だと思います。例えば、福岡市などでは里親養育を推進するために人材と予算の双方を強化することで里親等委託率を大きく向上させています。 反田:マッキンゼーの調査によると、里親等委託率を自治体別に分析すると、自治体間の委託率や経年での伸び率のばらつきが大きいことが見えています。このばらつきは地域特性で説明できるものではなく、大きな成果を挙げている自治体が一部でもあるということは、里親養育推進が解決可能な課題であることを示唆していると考えています。


■マッキンゼーの参画により、里親支援領域の姿が大きく変わってきている

反田:我々マッキンゼーは、社会貢献活動として2022年から里親支援のプロボノプロジェクトを始めて、今年で3年目になります。最初は、社内のアイディアコンテストにおいて、あるチームが里親に関する課題設定を行い、マッキンゼーとして活動していく領域として選ばれました。グローバルの成功事例やエキスパート、他の領域で培ったマーケティングや能力構築などのノウハウを活用して、インパクトにつなげるべく取組を続けてきました。初年度は、国内6,000人の潜在里親(将来的に里親になりうる層)へのアンケートを実施し、潜在里親が、里親制度の認知から里親登録に至るまでの道筋の間に、どのような不満を感じて脱落しているのか、その解消のためにどのような施策が効果的かを調査しました。潜在里親には複数のタイプがあるため、それぞれペルソナを作りジャーニーを描くことによって、課題を特定し、施策を細かく分析しました。

続いて、2023年にはモデル自治体に対する半年間の伴走支援を通じて、リクルートを改善するための成功の要諦を特定し、白書として公表しました。また、これら成功の要諦を研修プログラムに落とし込み、3自治体でパイロットを実施しました。里親募集の説明会参加者数や認知度も高まっており、インパクトが出始めています。そして本年は、里親支援領域の中間支援団体として家庭養育支援機構の設立を支援し、家庭養育支援機構を主体として昨年まとめた研修プログラムの全国展開を推進しています。

上鹿渡:これまで里親の領域では「リクルート」という発想があまり根付いていなかった中で、マッキンゼーが開発したリクルート研修では、研修を受けた職員自身が、ペルソナ毎の里親登録に向けた各ステップを分析してどこが課題になっているかを特定の上、具体的な施策立案まで行うことができ、本当に効果的なものだと思っています。


■家庭養育支援機構が立ち上がり、全国での里親養育を推進

反田:地域間の里親養育推進のばらつきを解消するためには、リクルート研修を含め、効果的なノウハウを全国に展開していく中間支援団体が必要ではないかという話になりました。そこで、マッキンゼーとしてもご支援しつつ、上鹿渡先生を代表とする家庭養育支援機構が設立に至りましたが、どのような組織で何を目指しているでしょうか。

上鹿渡:家庭養育支援機構は、まずは里親養育に焦点を当てて、全国の実務者の支援をしていきます。これまで、政府や自治体などにより里親推進の目標が定められてきましたが、目標達成のための具体的なノウハウの横展開が欠けていました。国も自治体のネットワーク会議を始めてくれましたが、本機構も中間支援団体として、里親リクルート研修をはじめ、里親の登録前研修やアセスメントなどのノウハウを全国に展開しています。そしてこのような現場での実践を通じて見えてきた課題については、政府や研究機関などとも協働して解決に向けて動いていきたいと思っています。

反田:マッキンゼーとしては、民間企業をクライアントとして培ってきたマーケティングや組織構築のノウハウや、海外の社会貢献領域でのコンサルティング経験も活用しながら、今回のNPOの設立を支援させていただきました。今後はこの組織の事業戦略を具体化し、財務計画を立て、人材を育成していくことになりますが、その段階においても民間企業で培ってきた知見を活かして貢献できると考えています。

上鹿渡:マッキンゼーの方々と密に協働する中で、福祉領域の人からは出てこない視点からコメントしてもらうことは非常に有意義なことです。これまで多くの企業が子どもとの交流や寄付などの単発のボランティアに留まっていた一方で、マッキンゼーは自社の知見やスキルを活かして継続的な課題解決に向けた貢献をしています。これに続いて、他の企業も自社の強みを生かして、本質的な課題解決に向けた協力を行う動きができたら良いと思っており、それに向けて本機構としても関係者を繋いでいく役割を果たしていきたいです。


■今後目指す里親養育推進のかたちとは、そして子どもの幸せを追求するには

反田:今後の里親養育推進、そして目指す子どもの養育のかたちについて、今後の展望や想いを教えてください。

上鹿渡:これまでの里親養育は親子分離した後の子どもの育ちの場として考えられてきましたが、これからは子どもにとって大事な人とのつながりを保障するために、親と一緒に子どもを育てる里親養育も必要とされます。家庭養育支援機構のミッションは、子どもにとって大切なおとなとのつながり(パーマネンシー)、安心と挑戦(アタッチメント)、自分らしく育つ子ども期(子どもの権利)を保障する社会の実現です。これらが著しく不足・欠如した状態での生活を余儀なくされてきたのが社会的養護の子どもたちです。このような状況にならないよう、親を助け一緒に子どもを育てる社会的養育を実現しなければなりません。日本の子どもの精神的幸福度を改善することにもつながる取り組みです。これを社会全体に広めていくためにも企業との連携を強化していきたいです。具体的には企業において、仕事と里親の子育てが両立できるような支援、例えば里親の育休や広報啓発などが提供される動きを作ることがあげられます。このように里親養育を広めることを突破口として、全ての子どもの幸せにも貢献できると考えています。例えば、里親ショートステイという制度では、実親が子育てに疲れてしまった際など少しの間休んでもらうために、一時的に里親が子どもを預かる仕組みになっており、親と一緒に子どもを育てることで最終的な親子の分離を防ぐことにつながります。子どもを幸せにしたいのであれば、子どもにとって大切な存在である親も里親も助け、大事にする必要があります。家庭養育支援機構は、まさにこのような理解と対応を広め、子どもが幸せを感じられる社会を実現するべく取り組み続けます。

反田:マッキンゼーとしても「子ども」を大きなテーマとして設定して社会貢献活動を続けています。これは、弊社のミッションである人材の成長にも通ずるところがあります。また、社内のメンバーにもこの領域に携わりたい者が多くおり、社会に貢献する価値を感じられる重要な取組みになっています。この内部の機運も維持拡大しつつ、社会的な側面でのインパクトを出しながら、健やかな子どもの成長に向けて引き続き貢献していきたいと思っています。